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2008年3月 6日 (木)

脳外科医 上山博康先生の素顔 パート2

 今や脳動脈瘤手術では日本一の上山先生。その先生が今までの脳外科医としての自分を振り返り、大きな影響を受けた3人の恩師がいらっしゃいます。

 最初の恩師は、北大医学部卒業後に入局した同大学脳神経外科の都留美都雄教授です。入局4年目に教授の患者さんを手術したら植物人間にされるからといって、逃がした行為をしたことがあったそうです。当時は患者さんの立場に立ち行動したつもりでしたが、後になっていかに浅はかだったのかわかったそうです。そんな自分に反抗する者にも目をかけてくださったのが都留教授。上山先生曰く、「逆らうやつを評価する、懐の深い方」だそうです。

 2人目の恩師は、秋田県立脳血管研究所脳外科部長の伊藤善太郎氏です。伊藤先生は上山先生に「お前は論文を書かず、手術だけしていろ。それで突き抜けろ。」とおっしゃったそうです。伊藤先生自体も脳神経外科の世界的権威であり、直接指導された手技は現在上山先生の匠の手と呼ばれる動脈瘤手術の技に受け継がれています。しかしそれに甘んじることなく、伊藤先生の考え方を前進させ新しい技術を生み出すことこそが大切だと確信しているそうです。

 3人目の恩師は、都留氏の後を引き継いだ安部弘教授です。上山先生がおっしゃるには6年の研修を終えたらさっさと他所へ行ってしまった者で自分は教授に嫌われていて、振り返ると阿部先生は敵役での登場になってしまいます。しかし、自信過剰の自分を抑制してくれたのが先生であり、阿部先生の諦めつけがなかったらどうなっていたかわからないと回顧なさっています。

 天賦の才を持ってしても医局では疎んじられ、臨床の現場で圧倒的な実績を残し、患者からも医療スタッフからも崇められる存在となっても、大学では教授になれませんでした。でも、悔恨の思いなど一切なく、自分の信念に向かって突き進む姿勢には、情熱を感じます。素晴らしい恩師との出会いがあり、脳外科医として、上山先生が大活躍されているのだなあと納得できました。

 手術を受ける患者にとって大切なのは、術者の先生が立派な論文を書いたことではなく、自分の病気を治してくれる優れた技術を持ち、患者としっかり向き合って手術に取り組んでくれることであると思います。私も家族を脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血で亡くしているので、未破裂のうちに上山先生に手術をしてもらっていれば・・・と、テレビで姿を拝見する度に思ってしまいます。今後も、先生のご活躍を期待しております。

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